プロフィール

ガネーシャ・ギリ

本名 武井 利恭 (たけい としやす)

1981年 気功(静功・瞑想気功)の修練を開始(1992年まで継続)。

1986年 大学の中国文学科に学びながらさらに気功を究める。(1990年の卒業論文は「気の体現」)

1988年 インド系某瞑想団体にて、瞑想の技術を学ぶ。

1992年 成瀬ヨーガグループ(当時はデバイン・ヨガクラブ)に入会
      成瀬雅春師に師事、決定的な影響を受ける。成瀬師を生涯の師と(勝手に)決め、以後、気功の修練は中止し
      「12年間、ヨーガだけを究める」という目標を自らに課し、ヨーガの修行にのめりこむ。

1994年 同会の師範科に入り、ヨーガの指導法を学び始める。

       
1995年3月、初めて実際にヨーガの指導をする(インド・アグラ近郊にて)

1998年 成瀬師のアドバイスを受け、ヒマラヤの4大聖地(ヤムノトリー、ガンゴトリー、ケーダルナート、バドリナート)を、
      足かけ3ヶ月かけ巡礼。

2001年 アラハバードで行われた マハークンブメーラー(144年に1度の修行者の大祭)にアーカーシャ・ギリ師(成瀬師)
      の弟子として、師に随行。 この時に師より正式に「ガネーシャ・ギリ」という名前を授かる。

       
マハークンブメーラにて、プラヤーグ・ギリとともに(インド・アラハバード)

      成瀬ヨーガグループの指導員に認定される。

      同グループの「魂を磨く集い」でアーカーシャ・ギリ師より、占星術の極意というべきアドバイスをお聞きし、
      一気に占星術への興味が開かれる。

2004年 自らに課した12年が終わり、師の賛成の下、インド占星術を独学で学び始める。

2006年 師の賛成の下、別の指導者の下で、ヤジュルヴェーダの詠唱、伝統的なプージャ(インド古来の儀式)を学び始める。

       
2006年、酸素の少ないヒマラヤのタポワン(標高4500m)にてシルシャ・アーサナ(逆立ち)修行をする

2008年 独学ではあるが、インド占星術にかなりの手ごたえを感じ、鑑定を仕事にすることを決意。

      しかし

      高名な占星術家KNラオ氏
(注1)の「君はヨーガを教える仕事をする運命にある」という予言と、
      高名なアーユルヴェーダ医のスダ博士
(注2)の「(それだけのヨーガの技術を持っていながら)どうしてヨーガを教えないの?」
      という勧めに後押しされ、
      アーカーシャ・ギリ師の「(ヨーガ仕事にするなら)頑張りなさい。」 の言葉を受け、
      さらにヨーガも仕事に加えて出発することを決意。

2009年 成瀬ヨーガグループの指導員から指導者に昇格。

2011年 成瀬師の許可を得、活動の中心を「ガネーシャ・ガンガー」移す。



埼玉県川口市在住。

母方の祖父(故人)は「人格易者」として知られ、中国系占星術家でもあった奥野粂吉(「占い師」 ちくま書房 参照)。




(注1)コタムラジュ・ナラヤン・ラオ氏
    インドのデリー在住の占星術家。インド占星術の第一人者。大変高潔な人物として知られ、占星術をサーダナ(霊的修練)ととらえ、
    古の占星術家の生活そのままに独身を貫く。、鑑定においては、(ドーネーションは自由であるが)自ら料金を請求することはない。
    
(注2)スダ・P・サラデシュムク博士
    インドのプーナ在住のアーユルヴェーダ(インド医学)の博士。10代続くアーユルヴェーダの家系の出身。
    婦人科がご専門であるが、同時に脈診(脈によって体質を診断)の技術も超一流。

    
有名なシタール奏者、チャンドラカント氏のお姉様。








ヒマラヤ、ガンガー(ガンジス川)の源流ポイント、ゴームク(標高4000メートル)。
岩と氷の厳しいこの地のアーカーシャ・ギリ アーシュラム(修行場)にて、修行を積む
ガネーシャ・ギリ。(2008年8月)

1998年に同地を訪れて以来、2008年まで可能な限り師に帯同し、ここで修行を積んだ。
                                         


     成瀬師とともに(2006年 ヒマラヤ・ゴームク)





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